桜樹詠文字模様小袖

おうじゅもじもようこそで


時代     江戸時代 18世紀


 

寸法     149.2cm  63.2cm


 

生地・技法  黄縮緬地 友禅染・刺繍


 

 

季節の息吹と文学的教養を伝える小袖。詠文字と生命の樹に由来する立木のデザインは江戸時代中期に好まれた。中でも本作は完成度の高い友禅染と刺繍を駆使した優品である。


 

 満開の桜樹がしなやかに立ち上がり、両肩と袖へ伸びた枝先に文字が配された小袖。個性豊かに開花した桜花が今を盛りと咲き誇っている。桜は、八重と一重の二種の形で構成されているが、花弁と蕊のデザインは一輪一輪変化に富んだものとなっており、ある花は友禅染の特徴を活かして、繊細な糸目糊で縁取られた花弁に色挿しや暈かしを加え、ある花は華やかな紅染めの糸や金糸の刺繍を用い、またある花は糊置きによって白上げにして輪郭のみを朱色で描きおこす等々、細部と全体のバランスを考慮した技法の選択が見られる。背面上部と胸に、桜花との調和を配慮したように刺繍で表されている「春」「識」「始」「風」「機」「非」などの文字は、「始識春風機上巧 非唯織色織芬芳」(始めて識んぬ春の風の機上に巧なることを ただ色を織るのみにあらず芬芳をも織る)(『和漢朗詠集』巻上 春 花付落花 源英明)に含まれるものである。横向きの花からのぞく蕊が風に揺らぐようなデザインは、文字とともに詩の内容を暗示し、春の風に運ばれる桜のかすかな香りをも表現しようとする意図を感じさせる。
 季節の息吹を身にまとい、見る者に春の到来と文学的な教養を伝える小袖である。このように友禅染を中心とした技法を用い、詩歌の文字と立木を組み合わせたデザインの小袖は、江戸時代中期に多く登場する。

( N.O. / K.M. )

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