女子美術大学美術館

2014年度

女子美術大学美術館コレクション公開
第21回『名物裂帖』

2015年1月28日(水)~3月15日(日)

作品点数:1点

「名物裂」とは鎌倉時代から江戸時代の初期にかけて、中国から日本に輸入された絹織物や染物のことをいいます。金襴という金糸を織り込んだ絹織物や重厚な緞子、色鮮やかな錦、縞の間道などが主流を占めますが、インド製の更紗やペルシャやインドで作られる金襴もモールと称され珍重されました。
「名物裂帖」として観賞用に仕立てられるようになるのはそう古いことではなく、江戸中期以降に茶道が庶民にも親しまれるようになってからと考えられます。裂類に固有の名称をつけた裂帖は、人々が鑑賞するとともに教養としてこれらの名称や特徴などを学ぶためにも重宝されたのだと思われます。
貼り込められているのは、ほんの小さな裂ですがそこには日本人の勤勉で実直な民族性を見ることができます。

女子美術大学美術館コレクション公開
第20回『内外小裂帖Ⅲ』

2014年12月3日(水)~2015年1月19日(月)

作品点数:1点

内外小裂帖とは、日本や中国、東南アジアなどの染織品の断片を貼り込めて整えた裂帖です。裂帖に貼り込まれている染織品を総称して名物裂(めいぶつぎれ)とも称します。
名物裂は古くは鎌倉時代、室町時代に中国から日本へもたらされた貴重な染織品です。この時代は中国の宋から明にあたり、鎌倉幕府の日宋貿易、室町幕府の勘合貿易などで、多くの舶来品が輸入されていました。エキゾチックな色合いとシンプルな模様がもてはやされ、安土桃山時代や江戸時代初期には茶道の中で使用されることがしばしばありました。
裂帖に貼り込まれた小裂の名称には太子間道や笹蔓緞子など伝統的に言い慣わされたものもあれば、持ち主の好みで付けられたものなどもあります。これらは茶道の茶碗などを包む仕覆や袈裟などに使用された余り裂などを貼り込めたものと考えられます。
小さな裂も最後まで鑑賞の対象としてきた日本の文化をご観覧いただきました。

女子美術大学美術館コレクション公開
第19回『内外小裂帖Ⅱ』

2014年10月22日(水)~12月1日(月)

作品点数:1点

内外小裂帖とは、日本や中国、東南アジアなどの染織品の断片を貼り込めて整えた裂帖です。裂帖に貼り込まれている染織品を総称して名物裂(めいぶつぎれ)とも称します。
名物裂は古くは鎌倉時代、室町時代に中国から日本へもたらされた貴重な染織品です。この時代は中国の宋から明にあたり、鎌倉幕府の日宋貿易、室町幕府の勘合貿易などで、多くの舶来品が輸入されていました。エキゾチックな色合いとシンプルな模様がもてはやされ、安土桃山時代や江戸時代初期には茶道の中で使用されることがしばしばありました。
裂帖に貼り込まれた小裂の名称には太子間道や笹蔓緞子など伝統的に言い慣わされたものもあれば、持ち主の好みで付けられたものなどもあります。これらは茶道の茶碗などを包む仕覆や袈裟などに使用された余り裂などを貼り込めたものと考えられます。
小さな裂も最後まで鑑賞の対象としてきた日本の文化をご観覧いただきました。

女子美術大学美術館コレクション公開
第18回『内外小裂帖Ⅰ』

2014年9月4日(木)~10月20日(月)

作品点数:1点

内外小裂帖とは、日本や中国、東南アジアなどの染織品の断片を貼り込めて整えた裂帖です。裂帖に貼り込まれている染織品を総称して名物裂(めいぶつぎれ)とも称します。
名物裂は古くは鎌倉時代、室町時代に中国から日本へもたらされた貴重な染織品です。この時代は中国の宋から明にあたり、鎌倉幕府の日宋貿易、室町幕府の勘合貿易などで、多くの舶来品が輸入されていました。エキゾチックな色合いとシンプルな模様がもてはやされ、安土桃山時代や江戸時代初期には茶道の中で使用されることがしばしばありました。
裂帖に貼り込まれた小裂の名称には太子間道や笹蔓緞子など伝統的に言い慣わされたものもあれば、持ち主の好みで付けられたものなどもあります。これらは茶道の茶碗などを包む仕覆や袈裟などに使用された余り裂などを貼り込めたものと考えられます。
小さな裂も最後まで鑑賞の対象としてきた日本の文化をご観覧いただきました。

女子美術大学美術館コレクション公開
第17回『更紗裂本帖』

2014年5月28日(水)~7月21日(月)

作品点数:1点

更紗とは、インドで制作される色鮮やかな染色布のことをいいます。紀元前の遺跡(パキスタン・モヘンジョダロ)からも発見されており、大変古くから生産されていたことが分かります。洗っても色落ちしない美しい更紗は世界各地でもてはやされ、エジプト、ペルシャ、アジア各地など様々な地域に流通するようになりました。
日本には16世紀頃に琉球経由で輸入されたと考えられます。輸入された更紗は武家の羽織や小袖として着用されていたことが当時の風俗画からも伺い知ることができます。また更紗は茶道でも珍重され、茶壷を包む仕覆にも好まれて使用されています。小さな更紗の断片を貼り込めた「裂本帖」は好事家の間で作られるようになり、どの模様にどのような名称がついているのかを学び、教養としても更紗を楽しんでいました。今日にも受け継がれている「追求型(オタク)」の文化を垣間見ることのできる作品です。

女子美術大学美術館コレクション公開
第16回『更紗』

2014年4月4日(金)~5月26日(月)

作品点数:8点

更紗とは、インドで制作される木版を使用して、あるいは手描きで、色鮮やかに模様染めをほどこした布のことをいいます。パキスタンにあるインダス文明の都市モヘンジョダロの遺跡(2500 B.C. - 1800 B.C.)からも木綿の染色布が発見されており、大変古くからこの技法が確立していたと分かります。この魅力的な染色布はエジプト、ペルシャ、タイ、インドネシア、日本など様々な地域に流通するようになり、インドでは各地の好みにあった模様を染めるようになりました。現在、バティックと称されるインドネシアの染色布もインド更紗の影響を受けて発達しました。
日本には琉球経由で16世紀頃までには輸入されたと考えられています。当時の日本にはまだ友禅染めのような絵画的に模様を染める技法が発達していなかったため、更紗に描かれた色彩と模様は大いにもてはやされたようです。
今回ご紹介した更紗は素朴な味わいの小紋や丸紋、繊細な花唐草の模様に金で装飾されたものなどです。多彩な更紗の魅力をお楽しみいただきました。