タイトル「障害理解とアートフィールド参画支援の取組」

海外視察:ベスレム王立病院/アーカイブ・ミュージアム


担当者名:
小川正明(短大部長・絵画・教授)

参加人数:
大学教員4人

参加者:
小川正明(絵画・教授)、吉武研司(絵画・教授)、横山純子(情報デザイン・助教)、木下道子(教育研究推進役)

活動日時:
2010年3月18日(木)~3月25日(木)

活動の目的:
歴史ある精神病院のアーカイブミュージアムを訪問調査することが目的である。

活動の場所:
3月18日からの調査研究旅行最終日、ロンドン郊外にあるべスレム王立病院を訪問した。

活動内容:
1247年にロンドンに建設された精神病院。1930年に現在の広大な敷地の中に他の病院とともに移設した。病院には作業療法、行動療法部門があり芸術療法に力を入れてる。この病院のコンセプトは治る可能性のある人だけが入院するという方針をもっている。歴史の積み重なりが資料の多さと、保存の方法、コンパクトに纏められた収蔵庫等、参考になった。

べスレム王立病院
創立が1247年という世界最古の精神病院の一つである。創立当初はロンドン市内にベツレムの聖マリア教会分教会として建てられた。1300年代には病院としての機能を果たしていたものと思われる。14世紀後半には精神病患者も受け入れたとの記録がある。その後施設拡張のため数回移転し、現在はロンドン郊外ケント州ベカナムの広大な敷地に設置されている。

アーカイブミュージアム
門の近くに平屋の建物があり、入り口で当館の館長であるJミッシェル・フィリップ氏が迎えてくれた。この小さな美術館の歴史はさほど古くなく1970年の設立、一般公開は週一日水曜日のみ開館しているそうである。入口を入ると右側に館長室があり一角で画集、絵葉書を販売している。左側に50㎡程の展示室があり、所狭しと作品が展示してある。まず目にするのは「狂気のうめきと憂鬱」と題された一対の石像である。嘗ては病院の入り口に置かれていたと言うが実に不気味なものである。展示作品の中で最も有名なものはリチャード・ダットの数点の作品である。テイトギャラリーやナショナルギャラリーにも作品が収蔵されているこの画家は、父親殺しで生涯をこの病院で過ごすことになった。18世紀の画家ウイリアムホガースが表した銅版画、「放蕩息子一代記」に精神病院にてと言う作品がある。まさに当時のべスレム王立病院を描いたものである。
この病院を訪れた最初の日本人が福沢諭吉である事はあまり知られていない。館員が自慢そうに芳名録にある諭吉の署名を見せてくれた。
館の奥に100㎡程の文書保管庫があり、16世紀まで遡る患者のカルテが保管されている。
写真が一般的になった150年前からは、患者の入院前と退院時の写真がカルテに貼られている。
保管庫には近年のアールブリュット作品も収集している。数年先に新しい美術資料館が建設されるそうで、資金の70%が確保できたとのことである。
当館は「べスレム芸術歴史資料保存組合」と言う慈善事業団体が管理している。

ギャラリー
美術館から少し離れた所に、患者のアトリエとギャラリーが併設された建物がある。
アトリエは使用されていなかったが、陶芸や版画の設備が整っている。
ギャラリーは40㎡程で、患者で美術作家の作品を展示販売していた。油彩、水彩、版画、写真等ジャンルは様々だが魅力的な作品が安価で販売されていて、資料として10数点購入した。数年前からウェブでの作品紹介も行っている。

女子美術大学短期大学部教授 吉武研司
べスレム王立病院は13世紀に創設された世界最古の精神病院である。この病院は、ロンドンの中心部から30分ほど電車に乗ったところにある。広大な土地に緑の芝生が広がっており、一見公園のような雰囲気で、とても精神病院とは思えない。病気の人を隔離するという考え方とは違う思想で運営されているようだ。この土地は、国から年間数百円という格安の値段で借りているそうだ。
 ここでは、アートを精神病の治療の一環として扱っている。アーカイブ・ミュージアムには700年分のカルテがぎっしりと収められていた。また、患者の作品をコレクションとして保管し、その数は約900点と言われている。敷地内のギャラリーでは入院患者の作品の展示・販売も行っている。700年の歴史を物語る資料の中に、日本から福沢諭吉や久米邦武が訪れた時のサインが残されていた。ここは、アール・ブリュットとは違った意味の作品だが、さまざまなことを考えさせられる場所だった。
 基本的にこの施設は、治る見込みのある患者しか受け入れないという。そのため、入院した時と、退院した時の変化をアート作品と本人の写真の表情によって見ることができる。
中でも印象的だった作品に、自分が周囲にいじめられたことを絵に描いた作品があった。絵の中にいろいろな思いを吐き出したのである。その後退院するときに描いた美しい風景画との対比を見ると、絵を描くことは人間にとって、大きな浄化作用を持っているように感じた。表現することによって病を治していくということに驚かされた。
 キリスト教という宗教を背景にもち、博物館学というアカデミックな視点を持って世界に対する好奇心と興味を深めていったイギリス。精神病という病とそこから生まれたアートに対し価値を見出し、きちんと保存し、後世の人につないでいることに対し、敬意を表したい。