タイトル「障害理解とアートフィールド参画支援の取組」

老人ホームで創作サポート


解説

横浜の特別養護老人ホーム「ハピネス都筑」に初めて訪問したのは2010年7月4日である。9月より月1回の絵の教室が始まる。 この施設は1994年社会福祉法人ファミリーが青森に設立され、その後、関東、関西に 広がりをみせ、平成21年に「ハピネス都筑」が開設された。
新しい施設は各階の特徴が生かされ、住んでいる人に優しい空間となっていた。外に行きたくてもなかなか思うようには動けない方々にとって、居室空間が美しく整えられていて心地よい生活が約束されている。これは、 働く人にとっても気持ちよく仕事ができる所でもある。環境は人を豊かにしてくれる。また、同じ環境の中での生活では、色々と用意されている一日のスケジュールで楽しくまた忙しい毎日をおくっていることであろう。
月1回程度の訪問では絵を描く行為の中で、互いのコミュニケーションを積み重ねていき、表現領域が広がっていく。気持ちの豊かさ、生活の張り、リハビリになったりと、効果は人それぞれだが、確実に変化している実感を得た。

特徴

障害という言葉の理解を広い範囲にまでひろげ、歳を取ることで生じる障害もあることを学生に実感してもらうのも目的の一つである。誰しもが歳を重ねていくが、その取り方もさまざまである。自分や身内のこととして捉える身近な問題でもある。
また、入居者に色々なことに挑戦する気持ちを抱いていただけることで、例えば、老化や病気の予防に繋がってい
くことも期待していきたい。

活動計画


何を描くかを考える

【写生】「花」 2010年7/4、9/12、10/10(毎回準備)
【模写】「西洋(ゴッホ、ルノワール、モネ、ピカソ)」11/7、12/12
「日本(北斎、写楽、春信)」 2010年1/9
【図形】「ハートをイメージする」 2/13
【記憶】「子供の頃の住んだ家や思い出を絵にする」3/6
【その他】「これからのプラン、アイディアなど」

準備

・描画材……鉛筆、クレヨン、色鉛筆、ペン、固形水彩絵の具、水彩色鉛筆
・水入れ、筆、パレット、画用紙
・モチーフ……季節の花(切り花や鉢物)、果物など
・巨匠の作品のコピー(ピカソ、ゴッホ、北斎、写楽)

活動の流れ

13:30~13:40 準備 机と椅子を並べ、画材を配布
13:40~14:00 打ち合わせ 課題と当日の行程の説明
*入居者の最近の様子、体調の報告を受ける。
14:00~15:30 制作 入居者を迎え、自己紹介
*モチーフを選び、パートナーとして一緒に組みながら説明
*苦手意識のある人には画材の使用法を説明
*となりに座り、声をかけながら制作
15:30~15:45 講評会 作品を並べる
*学生、入居者、職員、教員がそれぞれ感想を述べ合う

学生の感想と得られた成果

美術の力でこんなにも素敵な輪が出来るのだなぁと改めて肌で感じました。普通は作品を製作しても自分という世界に閉じこもって作るということが当たり前のようになりがちだったので、こうやってお年寄りの方達と一つの絵を通して共有するという貴重な体験ができて本当に楽しかったし私も勉強になることがいくつもありました。
回数を重ねるごとに、お年寄り一人一人が元気にやってきては、絵に対する真剣な眼差しが見受けられたし、自分も積極的に接することもできました。「ここはどうしたらいいかな?」と絵についてアドバイスを頼ってきたり、時には話に花が咲いたり、最後の鑑賞会ではお年寄りの方達から「ありがとう」という言葉が聞けて、一人一人のお年寄りの方
と関係を持てました。本当に自分が成長でききる良い時間になりました。美術の力で世代を越えて一緒に共有し合い素敵な絆になったのではと思います。私も自分の祖父母とこんなことができたらいいなぁと思います。(学生)

入居者の声

・当初は白い画用紙を見ただけで緊張していたが、回を重ねる度に絵を描くことが楽しくなった。
・描いている絵を学生さんや先生に褒められると照れ臭さもあるが、とてもうれしい。
・上手に絵を描きたいという欲求がでてきた。
・絵を描きながら、普段なかなか交流する機会のない学生さんと楽しく会話できた。
・完成した絵がそれぞれ個性的で、自分の絵と比べて楽しんでいる。
・息子が来た時に、描いた絵を見せたら、こんなに描けるのかと言われ、うれしかった。

ホーム職員の感想

・ご入居者の日常でみる事の出来ない真剣な表情を見ることができてうれしかった。
・作品を仕上げた時の達成感からくるご入居者の笑顔に感銘をうけた。
・作品を作ることの素晴らしさを教えて頂いた。
・絵が描けると思っていなかったご入居者が実際に参加してみると上手に描いておられ、感動した。
・女子美大の皆さんが来てくれることを楽しみに想い、一緒に絵を書き楽しみ、できた作 品を見て楽しむ。私達とは別の形で、ご入居 者の生活をとても豊かにして頂いていると思いました。

ホームとしての成果

・絵を描くことを楽しむことが、ご入居者の日常生活の活性化につながった。
・食事以外はほとんど居室に籠ってしまうご入居者がリビングで塗り絵を楽しまれるようになった。
・絵を描くというアクション(筆を持って動かす、描画のアングル、着色を熟考する等)を通して、副次的に心身の機能訓練ができている。
・絵を描くことを楽しむことがコミュニケーションの役割を果たしている。
・ご入居者……同じ交流会に参加して絵を描 いていることがきっかけとなり、リビングで談笑するようになった。
・職員……コミュニケーションが苦手なご入 居者と交流会の話題を通じて円滑なコミュニケーションが図れるようになってきた。
・家族……家族が来訪した際に御入居者が描いた絵を一緒に鑑賞したり評価したり、成果に驚いたりと絵が良好なコミュニケーション の媒体になっている。
・絵を描くことを楽しむことがご入居者と職員の結びつきを強固にしている。
・介護を受ける者と行う者という日常的な関係性から乖離した環境下で、「絵を楽しむ」という価値観を共有して一つの作品を作り上げることに邁進する過程が、通常の生活の中では醸成できない関係性を築き上げている。

教員の感想(吉武研司)

最初は、こわごわと声を掛けて、戸惑ったりしていた学生が、すぐに慣れ、適応していく力には、毎回驚かされます。若さと輝きと生命力のエネルギーが、お年寄りの内側に響いているからでしょう。ひとりひとりに寄り添い、やさしい言葉をかけていく姿は「美し い」と思います。認知症が進んでも覚えてくれるのは、この時間を楽しみにしておられるからで、学生たちも喜んでいます。1時間余りの付き合いだからできることかも知れませんが、ホームのスタッフの方たちは、それを
喜んでくださっています。  
最初は嫌がっている人でも少しずつ少しずつ広がりをみせてやれるのは、指導の喜びの 一つです。同じ話を何度も何度もされる方がいます。その聞き方もだいぶうまくなったようです。
老人ホームでの活動はいろいろな意味で将来性を持っています。例えば、アートセラピーの研修の場所にもなりますし、仕事としてアートの派遣に繋げることもできます。人材を得れば、深く研究し考えることができます。卒業生の就職の幅を広げることも可能です。
脳に与える影響など、具体的なデータが出てくるともっと面白いかもしれません。体験した学生のデータの取り方、レポートのあり方、様式などはもう少し考える必要があります。何か積み上げてゆくやり方を考えましょう。わからないなりに続けたことで、いろいろなことがわかり勉強になりました。今の老人ホームの状況も見えてきました。

今後の課題

・今後、授業の形態をどのようにするべきか。
・杉並で同じ取り組みができるのか。ホームの選択はどのようにするのか。
・ゆったりと充実した時間を過ごすために、 人数のバランスが大切であるが、横浜という遠距離のため、学生の人数の確保をどのようするか。相模原校舎の学生に声を懸けるのはどうか。

今後の方向と展望

介護の問題は、今後とも重要なこととしてクローズアップされ、個人的な関わりとともに、社会、施設や現場の中での関わりが予想される。美術を通じた研究と実践が、社会的に、また仕事として生かされることは、多くの豊かさをもたらすだろう。
卒業後、自身の制作者としての進路に繋げながら、現場で実践しプロデュースする力を持った人材の育成を目指したい。 職員に一緒に絵を描いてもらい、自由に楽 しく表現する時間を共有してもらうことで、 苦手意識、上手な絵が良いという固定観念を 崩すきっかけを作っていきたい。ホームの日常生活の中に、絵を描く時間を作ってもらえれば、さらに豊かな生活が営めるだろう。職員向けのワークショップを行うのも良いだろう。女子美の授業の実践を生かし考えたい。

満足度

参加者、施設側、学生、教員ともにあたたかな空気の中での創作作業に、誰もが次の出会いを楽しみにしていることが窺え る。学生は、いつも自然体で接してくれるので、受け手の参加者に圧迫感や使命感等はなく、自由な会話の中でのびのびと描くことができている。心の解放が自由創作への道であり、向上しようとする意欲の現れでもある。



協力・後援

社会福祉法人ファミリー
特別養護老人ホーム「ハピネス都筑」
元気クラブ
〒224-0011
神奈川県横浜市都筑区牛久保町1808-3
TEL:045-914-8850 FAX:045-914-8851 
E-mail:happiness-t@family-wf.jp