デジタル表現を活用したヒーリング・アートによる医療・福祉空間の演出
デジタルプリントシートの作品出力と
施工による空間演出
ヒーリング・アートプロジェクトを進める際、本学大学院ではデジタル表現を活用した新たな表現の可能性を研究テーマの一つにおいて探求し、その技術的な発展性を図ってきた。ヒーリング・アートプロジェクトにおいて、デジタル表現素材による空間演出の試作を重ね、社会のさまざまな表現媒体の広がりとニーズに対応出来る表現を開発している。大型プリンターの機能性が高まり、医療・福祉施設における空間演出の幅が広がり、壁面以外での医療・福祉施設での施工範囲を拡充することが可能になったことで、更にデジタル表現を充実させるための技法開発や、デジタルプリントによる粘着シートを使った医療空間でのアートの新しい表現の展開による演出を具体化していくよう試みている。
粘着シートは、出力用シートとカッティング用カラーシートがあり、出力用シートは、不透明ホワイト地にデータ出力するものが主流であったが、最近では透明や半透明シートにも出力可能な素材が開発され普及している。また、赤、黄、青、緑といったカラー地のカッティング用シートの色数や、材質の不透明、半透明、透明など、その種類が増えており、これらの特性を活かして、その場に合った効果的な素材の選択にも自由度が増し、アイデアと工夫次第でかなり応用が利くようになってきている。
医療・福祉施設の空間でのアートの導入に、こうした粘着シートを利用することで、絵が設置出来ない床、天井、ドアなど様々な場所での施工が可能となり、その需要も増えつつある。デジタルプリントによる粘着シートは、本来アドバタイジング用に開発されたものであり、ラッピングバスや、電車の外装広告、オフィスビルやブティックビルのカーテンウォールに広告用掲示、また商空間のフロアーなどに使われてきたものであるが、それを医療・福祉施設の屋内に適用することで空間演出を行なっている。
そして、ヒーリング・アートプロジェクトを通して、医療・福祉施設におけるアートによる空間演出のニーズに対応できるデジタル表現技術を研究し、ヒーリング・アートの新たな可能性を具体的な施工例によって提案している。
更に、コンピュータ機器と大型プリンター機器を使った創作表現の幅と可能性を広げていくための技術取得を実践的な研究から得ることで、公共空間において高まりつつある空間演出の社会的なニーズに対応できるデジタル技術は、今後飛躍的に発展していくであろう。
そのためにも、本学大学院の研究では、データの作成方法と画像処理法についてのノウハウを得るために、様々な医療・福祉空間での実施経験を通して、多くのデータを取りながら、実践的な作品設置を積極的に進めている。
デジタルプリントシート使用に関する安全性の確認
1.素材選定におけるシックハウスに関する注意点
医療施設の利用者(患者)は、様々な疾病の治療を目的として来院や入院をしているので、身体の体力、抵抗力、免疫力の低下、アレルギー反応などを考慮し、身体への刺激、有害性の問題について十分検討して施工する作品の素材を選定しなければならない。
デジタルプリントシートの素材については、内装仕上げ材についての国土交通省の建築基準法規定に対応し、室内空気汚染物質の含有について確認をしてから素材を選定している。特にホルムアルデヒド発散濃度が規制対象外の低い数値である0.005mg/uh以下のF☆☆☆☆(フォースター)に該当する素材を使用することにしている。また施工作業時には、外窓やドアを開け放ち、換気、通風を最大限に良くすること。更に施工後の医療現場での患者への身体的な影響、問題の有無の確認を必ず行っていくことも重要である。
2.建築基準法に基づく不燃材の使用
デジタルプリントシートを使ってヒーリング・アートを医療空間に施工する場合、建築基準法に基づく防火安全基準を満たした素材使用の確認が必要である。
ヒーリング・アートプロジェクトでは、建築基準法の規定に基づき、不燃材料の規定に適合する素材を使用し、施工を実施するようにしている。
デジタルプリントシートのデータ制作の特殊技術と創造性
デジタルプリントグラフィックスによるヒーリング・アートの施工は、内装用の特殊シートに画像を出力したものを使用するので、プロジェクトの計画通りにアートが施工されるためには、色調、素材感、施工サイズなど正確なデータを作成しておかなければならない。そのためには、原画のデジタル化の作業に当たって専門的な知識と経験、アナログからデジタルに移行する際、原画とのイメージ誤差を最小限に抑える技術が要求される。また、空間演出のための新たな提案や創造性を生み出すためには、制作のためのノウハウの蓄積が欠かせないと考えている。
大学院でのヒーリング・アート研究では、様々な医療・福祉施設での経験を通して、多くのデータを取りながら医療空間での作品の設置を積極的に進めていくことにより、データの作成方法と画像処理法についてのノウハウを実践的に学んでいる。こうした経験を活かして、より良い医療・福祉空間づくりに役立てたいと考えている。
女子美術大学大学院
ヒーリング造形研究領域教授
山野 雅之