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トークセッション 野見山 暁治 × 入江 観 「アールブリュットとアートの意味」

ここからはスライドショーの作品を閲覧しながら対談を行っています。
スライドショーの作品は著作権のため表示することができません。
一部、女子美でプロジェクトを行い写真撮影を行った七海さんの作品、女子美で購入した作品に関しては表示をしております。
スライドマークはスライドを表示して作品についての解説を行っています。

吉武 スライドに写っている、この方は日本人ですね。先ほど野見山先生がお話しされた、段ボールで結婚式の絵を描いたという方です。

野見山 この日本人の小父さん(スライド)はこういう派手な格好をして、人に注目されるのが大得意な人なの。だから、スイス ローザンヌ美術館の提唱する「アール・ブリュット」の資格定義の<秘密><孤独><沈黙>は該当しない。逆に言うとこの人は、見物人がいなかったらこんなことはしないと思う。だから、世の中には、孤独に絵を描く人と、おれだ!と自分の存在を誇示するために描く人もいる。これも一つの表現だから、あまりこういう人間が「アール・ブリュット」だという定義を限定せずに、いろんな人間の中にこういう要素が入っているのだと思う方がいいと思う。
 (スライド)次のスライドですね。この人はね、最初は平面図を描いていた。平面図を描いているうちに、だんだん視覚が上位置になっていって、鳥の視点のような空から地を見下ろした絵を描くようになった。(スライド)この絵を見て分かるように、高い所から見るのが好きな人だった。しかし、現実には、描かれた絵のような世界は、実際にあるわけじゃない。この人は1枚の紙を与えられると、端っこから次々にどんどん描いていって、その紙がどんなに広くてもどんどん絵を増殖していく。だからこれ1枚描くのに、2~3か月掛かったりする。 この人たち特有の緻密さがあるんですよ。

吉武 この作品は、繰り返しと持続性がすごい絵ですよね。(スライド)

野見山 「持続性」という捉え方は、実は、僕ら(健常者)の考え方であって、この人たち(障害者)にとっては、「持続性」という意識がない。昨日はここまで描いたという時系列の認識がない。今、目の前にあるテーマについて、むきになっているだけで、これを描くためだけにでも何ヶ月も夢中になって取り掛かっている。
(スライド)このように、連続性のある記号や文字を続けて描いているこの人にとっては、これは文字で、何月何日で何とかという一つの約束がある。ただ、それを描いているだけなんです。
 この人は(スライド)実際にものを見て描くんだけど、ものを見ながらまるっきり違う自分の世界を描いている。僕らもこれぐらい違う世界を見出せて、描けたらいいなって思うけど。

吉武 これは(スライド)陶器なんですね。
 続いて、七海進治さんです(右)。今回、女子美生が主催する展示会で七海さんの作品を展示します。七海さんの作品は、楽しいですね。

野見山 最後まで「アール・ブリュット」と呼ばれるこの人たちに共通しているのは、非常に細かいことですね。描かれているものは曖昧ということがないんですね。どこからどこまで行っても、描かれているものは精密に、形なり色なりを追い掛けている。どうしてこういう人たちがびっちり描くかというと、この人たちは自分の中で自分が存在できる別の世界、居場所を作らなければならないから、それに向かって、むきになって、懸命に作る。つまり、この世の中の細部に至るものと同じように、ものを作っていかなければ承知出来ない。

入江 スライドに映っている方は、どこの国の人ですか?(スライド)

吉武 この人は(スライド)アフリカの方だったでしょうか。これらの絵は見てきました。(スライド)

入江 これらの作品は大きいの?

吉武 今、ご覧いただいている作品は、30センチ~40センチぐらいのものですね。(スライド)これは50センチぐらいのドローイングで300万~400万もするような価値があるんですね。楽しい絵ですよね、これは。(スライド)

入江 吉武さんは「アール・ブリュット」の作品をたくさん見て、「アール・ブリュット」の作品について、国民性の違いを感じますか?

吉武 日本人の持っている特徴というと、暗示性の強さがあります。
この作品の作家はオーギュスタン・ルサージュ(※25)(スライド)です。これも一筆一筆しつこく描いていますね。このようなしつこさは日本人にはない、ヨーロッパ特有の特徴かなと思いますね。ものすごく線が細かいですね。実際は、これより大きい作品もありました。

野見山 やっぱり「アール・ブリュット」と言われる人たちの中では、紙の隅から隅まで埋め尽くさなければ一つの世界を実感できないという特徴がありますね。

吉武 ベルサイユ宮殿の装飾みたいに緻密にぎっちりと描き切るところは、何か逸脱した異常な執拗さを感じますね。この方(スライド)はパキスタンの方だったかと思います。発想がとても不思議で、すごく面白いですね、ミロ(※26)みたいですよね。

野見山 幻想の世界を描いているという点で言えば、ミロはやはり「アール・ブリュット」に近いんでしょう。ミロが描いているような世界を頭で考えるだけならたかがしれているけれど、この人たちは、我々が構想するのとは違って、その別の世界、つまり、夢の世界が目の前の現実として、細部に至るまで、見えているのだと思うんです。

吉武 (スライド)の絵は、自然とか宇宙と何か会話しているような絵ですね。ヘンリー・ダーガー(※27)は有名ですよね。「アール・ブリュット」と言われる分野においては、一番の巨匠かもしれない。彼は少女の物語を延々と書き綴っていた。

野見山 この人(=ヘンリー・ダーガー)は自分で描くのが下手だから、絵本をそのまま持ってきて、自分で置き換えたのね。イメージとしては、気持ち悪い部分もありますね。

吉武 (スライド)この作品は、ジャン・デュビュッフェみたいですね。面白いというのは、取り上げた側の捉え方と言えるでしょうけれど。

野見山 そうですね。面白いと思うのは、僕らが「絵」というのはこういうものだと決めているものだから、その範疇から外れる新奇性を、僕らが面白いと感じているんでしょうね。当人たちにとっては、面白いという感覚は全くないと思う。この人たちは描くのが非常に早い。こんなに緻密なものを、とにかく常に手を動かして描く。それは、もう目の前に広がっているのだから、一刻も早くその中へ入っていきたいという思いなのでしょう。

吉武 いろんなものを中に入れて、立体オブジェに作っている作品でですね。(スライド)

入江 この立体オブジェ1個はどのぐらいの大きさなの?(スライド)

吉武 大体、等身大の大きさです。(これらのオブジェを、見に行ったわけじゃないんですが。)
動物のつかまえ方が面白いですね。
ビル・トレイラー(※28)も(スライド)巨匠の部類に入るんじゃないでしょうか。同じものを繰り返し、繰り返し描いています。それまでは健常であっても、何かのきっかけで精神異常を来してしまうという方もいますね。

野見山 この人はね、4という数字に非常にこだわっています。この人にとって、4が一つの基本形なんですね。何か4についての因縁というか快感というか、触発されるものがあるんでしょうね。

吉武 これは4人(小川正明先生、吉武研司先生、木下道子先生、横山澄子先生)でスイスのアール・ブリュットコレクションを見学した時の写真です。展示は、薄暗い空間で展示されていました。約4万点のコレクションがあって、私たちは400~500点ほど見て来ました。スライドに出ているこの作品は(スライド)貝殻に色を塗って集めた作品です。光が中に仕込んであって、宝石みたいに綺麗です。

野見山 光が当たっているわけ?

吉武 中に、豆電球みたいなものを入れて光を仕込んであるんです。この作品の大きさは畳1枚ぐらいですね。光は、作者本人が仕込んでいますね。お土産品によくある貝殻の細工をヒントに、徹底して作ったそうです。
 フランスのパリの外れにabcdギャラリー(※29)というのがありまして、ここでブルーノさんという映像作家の方が、「アール・ブリュット」の記録映画を作っています。こういうギャラリーでは、作品の販売の方も行ってるんですね。ここで作品を2点ほど購入しました。高額なものは300万円もしますので、断念しました。12万円ぐらいの作品を2点ほど研究資料として買ってまいりました。

 ここはロンドンのアカデミー(※30)です。
 そして、ここは病院(※31)です。「インクルーシブデザイン(※31)」という「アール・ブリュット」との定義とは、また違う捉え方をしています 。

   
  ロンドン・カレッジ・オブ・アート

べスレム・王立アカデミー病院

べスレム・王立アカデミー病院  

  この病院は、精神疾患で入院していた患者が描いた作品を収蔵しています。ここに福沢諭吉が訪ねていったというサインが残っていました。当時、彼はいろいろな人に会っていたっていう話を聞きました。この病院は、700年ぐらいの歴史があります。病院内には、ギャラリーが設けられ、作品や、資料を数多く収蔵してありました。

   
  福沢諭吉のサインの残る芳名帳

病院内のギャラリー

 

 女子美も少しずつ「アール・ブリュット」のコレクションをやっていこうと試みています。これは鹿児島の方の作品です。絵の裏側にその人自身に関わる事項が全部記録されてあるんです。

   

 こちらはabcdギャラリーで買ってきた作品の1点です。この作品は、糸で縫って描いていてなかなか素晴しい。名前はそれほど知られていない方ではありますが。最後のスライドを終え、スライドショーはこれ終了です。

   

※25 オーギュスタン・ルサージュ(1876年8月9日~1954年2月21日) 
フランス サン=ピエール=レゾシェル生まれ。
レオナルド・ダ・ヴィンチやティアナのアポロニウスの霊に導かれた画家と言われている。
北部フランスの炭鉱で20年働いた後、「画家になれ」と突然啓示を受けたという。
※26 ジョアン・ミロ(1893年4月20日~1983年12月25日)
カタルーニャ地方の中心都市、バルセロナに生まれる。20世紀のスペインの画家。
※27 ヘンリー・ダーガー(1892年4月12日 - 1973年4月13日)
シカゴで生まれる。アウトサイダー・アートの代表的な作家と評価されることもある。
他人に見せることなく半世紀以上作品を描き続け、死後に作品が発見された。
※28 ビル・トレイラー
アメリカのアウトサイダーアートのアーティスト。
※29 abcd ギャラリー(フランス,パリ)
フランス人映像作家のブルノ・デシャルム氏により蒐集されたコレクション。
アールブリュットの作品展示。
※30 英国王立芸術学院(英名:ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ)(イギリス,ロンドン)
※31 王立ベスレム病院
イギリスにある世界で最も古い精神病院の一つ。
ベスレム王立病院には小さな博物館が設けられ、一般に向けて公開されている。かつて、精神疾患で入院していた芸術家達の絵画などを主に展示している。
※32 インクルーシブデザイン
障がい者や高齢者など、これまで除外(エクスクルード:exclude)されてきた人々を包含
(インクルード:include)し、かつビジネスとして成り立つデザインを目指す考え方。