大学院における取組
ヒーリング・アートの取組
女子美術大学では、1992年からヒーリング・アート(癒しの芸術)による医療・福祉施設の環境改善の取組を大学の教育研究の一環として継続的に実施してきた。医療・福祉施設には、利用者の精神的なケアを考えたアートが必要であると感じ、少しでもそれが空間の環境改善に役立てられないかといった趣旨でプロジェクトを立ち上げ、これまでに首都圏を中心として、30箇所以上の病院や介護老人保健施設において取組んでいる。
ヒーリング・アート <healing art 癒しの芸術>
ヒーリング・アートとは、「爽やかな気分になって、心が落ち着く効果を目的とした芸術」を意味し、それは、絵画、彫刻、オブジェ、映像、インタラクティブ・アート、音楽など様々な芸術分野での表現手段が考えられる。また、ヒーリング・アートは環境芸術としての役割を果たす場合がある。建築プラン、インテリア・コーディネイト、カラー・コーディネイトなどとも関わりながら、環境計画の一部としてアートを考え、空間をどう演出して利用者の気持ちが和らぐ効果(ヒーリング効果)を作り出せるかという点を検討し、アートを設置するということが基本になる。こうした際、現場の状況に応じた癒される空間作りという目的を持って、それに適応したアートの制作と設置を検討するのである。したがって利用者という不特定多数の人間にとって、その空間がどうあるべきかを考えてアメニティー(amenity)を高めるためのアートを制作するという点が重要となる。空間全体に配慮しながら設置するアートの素材、表現、大きさ、設置場所などを考えていかなければならない。
日常生活のみならず、病院などの医療空間や福祉施設においても、アメニティーを考えた環境づくりの一環として、ヒーリング・アートの設置は大切な要素になる。医療患者の病気への不安、治療に伴うストレスに対して、精神の安静と緩和を演出する環境づくりにはアートの存在が重要な役割りを果たす可能性を持っていると考える。
女子美術大学で取組んでいるヒーリング・アートプロジェクトは、ヒーリング(癒し)という観点から病院や福祉施設の空間にアートやデザインが関わることで、環境改善の要素に役立てたいというコンセプトに基づき計画したプロジェクトである。アートの設置によって少しでも利用者にとって心が安らぐ環境作りに役立てられないか、その改善を図る目的としてヒーリング・アートの作品制作とそのコーディネイトを実践している。
デジタル技術によるヒーリング・アートの
表現の広がりと大学院の取組
医療・福祉空間におけるアートの可能性を広げる
デジタルプリントグラフィックス
患者の視点から医療空間を探ってみると、アートが必要な箇所は、必ずしも白い壁だけには限らない。
検査室や、点滴処置室、人工透析室などの様に、天井を見つめながら患者が不安な気持ちで時間を過ごしている場所もある。幼い小児患者にとっては、床の面が眼に入るところであるし、小さく仕切った外来の閉鎖的で狭隘な中待合はスチール製のパーテーションが使われている場合が多く、こうした材質は白壁のように金具を打って絵を掛けるという訳にはいかない。そこで本学では、このような箇所にアートが設置出来ないかと考え、2002年から2003年にかけて実施した介護老人保健施設セアラ逗子ヒーリング・アートプロジェクトにおいて、商業スペースのガラス面や床、金属壁などに施工されているグラフィックプリントシートや路線バス、電車の車体に広告用に貼られているデジタルプリントシートを活用した。以来、必要に応じてデジタルプリントシートを使った空間づくりを試みている。これはコンピュータグラフィックで描いた作品や写真ではなく、手描きのぬくもりを伝えるため、絵具やパステル、色鉛筆などによって描いたオリジナル作品をスキャニングしてコンピュータに取り込み、デジタル表現化したものを、業者に依頼して専用のシートにプリントアウト、施工するというものである。この手法によって医療空間のあらゆる条件の場所に、アートを施工することが出来る。
社会のさまざまな表現媒体の広がりに対応させ、ヒーリング・アートプロジェクトにおける表現方法についてもデジタル媒体、デジタル表現素材などを使って、新たな表現の可能性を探求している。その場合、デジタル表現のノウハウと表現素材の広い知識が十分備わっていて、初めてプロジェクトに実践的に活かされるものであり、大学院ではその点を重点的に捉えながら表現技術を開発し、プロジェクトの実施に当たっている。
女子美術大学大学院
ヒーリング造形研究領域教授
山野 雅之
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